2025年1月21日
Vol.2 Day1

レポート
暦の上では前日は大寒。しかしこの日の福島沿岸部は小春日和のやわらかな陽気に包まれていた。黒潮の影響を受けるこの地域は、冬でも比較的温暖な気候に恵まれている。早朝まで降っていた雨もあがり、西の空から次第に青空が広がっていく。前回と同じく品川駅06時45分始発の特急ひたち一号に乗車する。全席指定席だがほぼ満席だった。
約1ヶ月ぶりに四ツ倉駅に着いた。
9:40 トレッキング開始
道の駅よつくら港を目指して国道6号線を北上する。

残念ながら火曜日が定休日で店内は入れなかったが、駐車場の広場で消防本部主催の消防訓練が行われていた。その様子を横目にトイレを借りて再び歩き出す。
道の駅を出て、四倉海岸を右手に見ながら「いわき七浜海道」を北上していく。ほどなく久之浜防災緑地に到着する。見下ろす太平洋は広く澄み渡り、爽快だ。右手の海岸には消波ブロックが敷設され、さらに高さ7~8mの防潮堤も設置されている。そして、私が歩いている高さ9mを超える防災緑地と、三段構えの津波対策が延々と連なり、その光景はまるで万里の長城のように海岸線を覆っていた。
岬部はもともと地盤が海岸より高く、その高台を突き抜けるトンネルが必要である。ここでは有難いことに車道のトンネルの横に人専用のトンネルも造られている。このようなトンネルは初めてである。

トンネルを抜けると再び久之浜防災緑地が広がる。この海岸線沿いにはかつて幼稚園があったという。当時の写真が展示されていた。また、緑地の植樹は地元の小学生によるものだという。
久之浜の集落に入り、このトレイルの通過点になっている秋葉神社へ向かう。比較的新しい社殿は震災後に再建されたのであろう。神社の左横に「東日本大震災追悼伝承之碑」が建立され、その碑に「大地震が起きたら大津波が来る。速く逃げろ、高台へ。一度逃げたら絶対戻るな。」と赤字で刻まれている。力強い言葉が胸に迫る。
街中に入ると、「いわき市地域防災交流センター 久之浜・大久ふれあい館」が新設されていた。大きな建物であり、地域の交流と防災の拠点を兼ねる施設でもある。

12:00 すえつぎCAFEで昼食
トレイル本線から少し外れて末続という集落へ向かう。「ふくしま浜街道トレイル協会」の中島さんに勧められた「すえつぎCAFE」を訪ねるためだ。「すえつぎCAFE」は、ジオグラフィカにも掲載されており、迷うことなく辿り着いた。明るいご夫婦が営む店内は温かい空気に満ちている。いただいたカレーライスは滋味深く、歩く疲れた身体に染みわたった。ご主人は関西出身だが、奥様の実家がこの地にあ り、震災後移住して店を開いたという。末続という土地を知ってもらいたい---その思いから「すえつぎCAFE」を開店し、移動販売車でも県内各地を回り巡っているそうだ。

このカフェで思いがけない出会いがあった。歌手の岬はな江さんである。私財を投じてこの地に「岬学園かもめパン工房」という障がい者の自立支援施設を設立された方だ。残念なことに、震災で被災し、現在は休止中だが、学園生と共にステージに立ち続けている。また、プルタブ収集による車いす寄贈活動にも尽力されている。彼女の熱意と行動力に触れ、深く心を打たれた。
末続を後にし、双葉郡広野町へ入る。ようやくいわき市を抜けたことになる。全国でも有数の広さを誇るいわき市の大きさを、歩くことであらためて実感した。
広野町は「日本一の朝日」誇る町だという。Jヴィレッジのホテルから見えるだろうか、期待が膨らむ。町にはJERA広野火力発電所があり、白い煙突が青空に伸びている。福島を歩いていると、原子力発電所だけではなく、火力発電所も何ヶ所かあることに気付いた。大消費地の関東地域へ電力を供給しているのだろう。震災や原子力災害を経ても未だ、こうして電力を供給してくれている事実に、自然と頭が下がる思いだ。発電所を横目に次第に山間部へ進路を取る。

やがてJヴィレッジに到着する。日本初のサッカーナショナルトレーニングセンターとして1997年にオープンした。Jリーガーや日本代表選手のみならず、県内外の大学生、高校生が合宿で利用するなど大人気の施設だ。震災直後から約8年間にわたり、原発事故収束の拠点として活躍したことも記憶に新しい。2019年4月に全面再開したが、震災後にホテルと全天候型練 習場を増設し、復興の象徴的な存在となっている。
Annexの7階の客室に荷を下ろす。8階には展望風呂がある。フィールドを見下ろしながら、復興という言葉の重みをあらためて思う夜となった。

15:45 Jヴィレッジ泊
【宿情報】
名称 Jヴィレッジ
住所 〒979-0513 福島県双葉郡楢葉町山田岡美シ森8
TEL 0240-26-0111
活動記録
活動時間
09:40~15:45
歩行距離
21.2km
今日の1句



