去年のきょう(5.30.2005) in Virginia
臭い話
アメリカでは、昨日がMemorial day でした。この日は、南北戦争で命を落とした人々を追悼することからはじまった行事で、日本語では「戦没者追悼記念日」と訳されています。毎年、5月の最終月曜日が追悼するための祝日となっています。
去年のこの日ぼくは、Virginia州のDaleville という町にいました。ここで予定外の3泊することになったのです。その理由は、Memorial day。ご存知のように、ぼくは食料や必要な装備を前もって山麓の町に郵送しています。このDaleville にも送ってあったのです。ところが、なんとこの町に到着したのが土曜日(28日)の午後。月曜日がMemorial day の休日ということで、郵便を受け取れるのは火曜日の31日ということだったのです。この祝日については、前もって知っていました。ですから、ゆっくり歩いて日曜日にこの町に下り、2泊するつもりでした。にもかかわらず、どうしても足が止まらなく、予定より一日早くついてしまったのです。
食料や装備は、Georgia のスタート地点近くのDahlonega に住む友人のJoeの家に預けておき、適宜送ってもらうという方法をとっていました。Daleville には食料の他に、今回最も大切なものを送ってもらっていました。靴です。履いていた靴が800キロ付近から穴があいてしまいました。ここDaleville は約1140キロ地点です。穴があいたまま、300キロ以上歩き続けたことになります。
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1100キロ以上も歩いてくれた友に感謝。Daleville 到着の前日に撮影
ここで交換した靴も、やがて穴があき、結局、今回のアパラチアン・トレイル3500キロを歩く間、3足の靴にお世話になったことになります。それぞれの靴で、1000キロ以上歩いたことになります。
3足もと思うかもしれませんが、考えてみてください。一足の登山靴で1000キロ以上歩くなんてこと、ふつうではありえないことではないでしょうか。日本と同じように雨が多く、湿潤な気候の中、これだけの距離を歩いたということです。
ただ、きつかったのは、後半、死ぬほど臭かったこと。その靴と別れるとき、「よくがんばってくれたなぁ」と、思わず頬づりして、気絶するところでした。
ちなみに、靴はThe North Face のFortless Peak GTX です。

こんな時もありました。ご苦労さん!

歩きはじめて10日めのFortless Peak GTX
去年のきょう(5.26.2005) in Virginia
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Dragon tooth(竜の歯) の名のとおり、山頂は巨岩がにょきにょきと天をつき、まるで妙義山のようだった。夕日に染まるオレンジ色の歯が迫力を増した
去年のきょう、歩いた距離は久しぶりに30キロを超えました。ジャーナルを見ると、
at Dragon tooth camp 一日快晴。19.4mile=31.4km。という記述。
ジョージア州スプリンガーマウンテンを4月3日に出発して53日目。総距離にして686.3mile = 1098.08km歩いたことになります。そう、去年のきょうの数日前に1000キロを超えていたのです。
アパラチアン・トレイルは小さな山脈の重なりでできています。このエリアは、そのいくつもの山脈を渡り歩くようにトレイルが延びています。この日のジャーナルにはこう書いてありました。
「きょうは、Sinking から Audi、そしてDragon toothと山脈を3つはしご。昨日から、こういった感じで、山脈から山脈へと渡り歩いている。そして、山稜に出ると、歩いたそれぞれの山脈が見渡せる。このあたりは典型的な褶曲山脈なのだろう。
Dragon toothに入ってから、あまりにも繰り返すアップダウンに腹がたつほどだった。けっこう辛かったが、Dragon tooth でキャンプしたことは大成功だった」
山脈を乗り越えるという意味ではなく、ひとつの山脈の山稜に出て、そこを数十キロずつ縦走し、麓に下り、次の山脈に登って縦走するということです。だから、激しいアップダウンの連続なのです。
この日は、一日快晴。激しいアップダウンに苦しんだことと、一日中快晴だったことで、尾根からの眺望を楽しみながら歩いたことを思い出します。
この日、Dragon toothという名の山頂でキャンプしました。水がなくテントが張れるスペースがあるかどうか心配だったのですが、すばらしい天気だったので、日の入りと日の出を撮影する目的でキャンプしようと、ここに登る前に決めていました。麓の湧水でキャンプに足る水を汲み、持ち運んだのです。その日の出の様子は、去年の5月31日付けでアップしています。きょうは、さらに数枚ご紹介しましょう。

オレンジ色の巨岩に浮かぶ自分のシルエットが、なんだか先住民の描いた絵のようだった

翌朝、コーヒー片手に巨岩に登り、日の出を待った。知らん振りしているけれど、けっこう、危険な状態なのだ

その日、8時間後に超える予定のTinker Cliff 山頂に日は昇った

ドラゴンの歯の隙間からのぞく日の出
去年のきょう(5.23.2005) in Virginia
まず、4月19日にアップした「リニューアルしました」をご覧ください。
その内容は、それまで使っていたトップ写真を変更した旨のご案内と、新しい写真と同じ場所、同じ時刻に撮影した数枚の写真をアップしたものでした。
それまでのトップ写真は1995年にジョン・ミューア・トレイルのGarnet Lakeで撮影したものでした。新しい写真はアパラチアン・トレイルのヴァージニア州、Rice Field という場所で撮影した、セルフポートレートです。この写真がセルフポートレートだということを、何人ものプロのカメラマンが認めません。「ありえない」「絶対、こっそりだれかプロのカメラマンを連れて行ったに違いない」などと、星野秀樹カメラマンが、これを見るたびに冗談を言うほどに、自分自身でも、完璧な写真だと思っているのです。アパラチアン・トレイルで撮った写真は1万枚をはるかにこえているのですが、撮影したときに「よし、これは完璧だ」、と思った写真は数えるほどです。トップ写真は、その一枚。
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雷雨直前のこの一連の光は、6ヶ月間歩いたなかでも、ピカイチだった
そして、きょう、このテーマで書いたのは、実は、これが、去年のきょう=5月23日に撮影されたものだからです。光、ポーズ、アングル、どれをとってもすばらしいと、自画自賛しています。
ただ、残念なのは、ブログで使うためには、極端にサイズを小さくせねばならず、そのぶん、画質が大幅に落ちることです。
それにしても、セルフで撮った写真を見るたびに、自分自身、そのときの情景を思い浮かべ、可笑しくなります。
去年のきょう(5.19.2005) in Virginia
もう、日付は20日になってしまったのですが、去年の5月19日は、どこを歩いていたのかなとジャーナルを見てみると、そうだ、あの出来事があった日だったと、感慨が新たになりました。昨年アパラチアン・トレイルを歩きながら書き記したこのブログの、6月11日にアップした記事をご覧いただけますでしょうか。さらに、現在連載中の「山と渓谷」4月号にも、このストーリーが載っています。可能な方は、ご覧ください。
きょうは、そのトレイルマジック・ストーリーを補足する数枚の写真データを紹介することにしました。

峠に下りていくと林道に2台のピックアップトラックが停まっていた。初老の男性に声をかけられた。「下の村まで行かないかい?」

あとから来たクリケットとメイフライとともに、ピックアップトラックに乗り込んだ。クリケットは、「なんだか、人さらいみたいだ」と笑った

連れていかれたのは、この教会だった

教会の地下室でぼくたちを待っていたのは・・・・!

フリーズドライに明け暮れるハイカーは、こんな料理が出されたら、お手上げだ

そして、こんなデザートが出された日には・・・・

バックグラウンドに流れる曲は、ぼくの大好きなウィリー・ネルソンだった
去年のきょう(5.17.2005)
昨年歩いたアパラチアン・トレイルの熱い思いが、日を追うごとに募ってきます。「去年の今日はどこを歩いていたんだろう」と、写真データを見ると、その日その日のほぼことごとくの記憶が蘇ってきます。187日間という日数をかけて歩いた日々の、その一日一日の記憶がこれだけ鮮明に蘇ってくるということを思っても、いかにぼくのなかのアパラチアン・トレイルが特別のものだったかが、あらためてわかります。
そして、ふと思ったのです。せっかくのブログを持っているのだから、「昨年のきょう」の何枚かの思い出写真を、これからアップしていったらいいじゃないか、と。なにしろ、これまで雑誌で紹介した写真にしても、何度も行われたトーク&スライドショーで使った写真にしても、1万5000枚ほども撮った写真のなかの、ほんのちょびっとだけなのです。
それだったら、4月3日にジョージア州をスタートしたその日から始めればよかったと、今、ちょっと後悔しています。
ということで、きょうからできるだけまめに、そのときどきの日誌を添えながら、写真館「アパラチアン・トレイル2005」を開館します。
5.17.2005VA(from Atkins to Rick Creek 27.04km)
昨年のきょうは、ヴァージニア州に入って、それまでで最も魅力的な牧草歩きの日だでした。この日歩いた距離は27.04km。

リンゴの花の香りが風景をさらに和ましてくれる。典型的な南部の牧場風景

リンゴの花って、こんなに可愛い

そうだった。この日はじめてPeanutに会った。同行の彼とは途中で別れたという。Peanutとは、この後、運命とも思えるほどに、何十回と出会いながら、互いにカタディンを目指し歩いた。?そして、10月6日ぼくのカタディン到達の前日、彼女も無事到達したのだ

「原生自然もいいが、人と自然がかかわることによってできた、このような人間の匂いの残る自然も、またいいものだ。どうして、これほどに牧草地の風景が心を引くのだろうか。牧場を、故郷の牧場を歌った歌がアメリカには多い。それらを、口ずさみながら歩く。「峠の我が家」「ケンタッキー・ホーム」「牧場の朝」。今、アメリカのエスタブリッシュたちが、リタイアー後、牧場のある家に住みたがる気持ちは、よくわかる」

「そうだ、きょうはもうひとつ、トピック。ついに、石楠花に出会えた。標高800から900m付近の石楠花が20パーセントほど咲き、その中を浮き浮きと歩く」
風そよぎ光みつる

丹沢に行ってきました。久しぶりの丹沢です。
階段状の急登が延々とつづき、その厳しさゆえ、いつのころかバカ尾根と呼ばれるようになった大倉尾根です。塔ノ岳へと伸びるこの尾根歩きは2度目。
山歩きを生業としているぼくにとって、階段歩きは大の苦手。散々山を歩き、登り馴れているはずのぼくが、駅の階段にはいつも辟易します。階段状の登りは、人それぞれの歩幅やペースを無視し、人工的に作られた登り。だからこそ、だれもが苦しみます。
にもかかわらずぼくは、駅にエスカレーターがあろうが、エレベーターがあろうが、敢えて階段を使い、日頃の足,膝の筋力トレーニングを忘れません。しかも今、住んでいる横浜のマンションは、駅から10分ほど緩やかな坂を登り、最後の極めとして120段の石段を登ったところにあります。この石段があってこそ、ぼくはこの場所を選びました。歳を重ね、重ねるごとに体力、筋力の衰えを実感するぼくの、危機意識のあらわれです。
そのぼくにとっても、大倉尾根はバカ尾根です。連休ということもあって、たくさんの人が歩いています。大方はお年寄りです。この厳しい尾根をよくがんばって歩いているなぁ、と感心します。
標高差は約1200メートル。歩き始めの風景は、すでに初夏の色。卯の花が道脇を飾ります。登るにつれて、緑は薄く、淡くなり、ヤマザクラ、フジザクラ、ミヤマザクラが歩く苦しさを癒してくれます。
山頂が近づくと、麓の初夏がうそのように、まだそこは冬枯れの色。登るにつれて季節が変移します。これがこの季節の、山登りの楽しさ、豊かさでもあります。
山頂をくだり、鍋割山に向かいます。鍋割山へ至り、二俣へと下るこのコースは、ブナを含めた豊かな植生の森を貫く、美しい尾根道です。紅葉もすばらしいけれど、やはり若葉の季節が勝ります。
新緑のこの季節は、四季それぞれを遊ぶぼくの、おそらく最も好きな季節です。風そよぎ、光り踊り、若葉戯れる山歩きは、自然界のシステム、輪廻転生そのものを身近に感じさせてくれます。その摂理になじむ和みは、時代や社会の姿への不信に沈みがちなぼくの心を立ち直らせてくれます。光り射し、風薫り、命蘇る季節です。
4月末にアップした、あまりにも暗い前回の写真から一転して、望遠レンズで狙った丹沢の目覚めショットをいくつかご紹介しましょう。

イトマキイタヤカエデ

オニイタヤカエデ

リョウブ

もうひとつ、リョウブ

