なごり雪3連荘

ブナの森影@なべくら高原
そういえば、昨年の今ごろは、アパラチアン・トレイルのために、すでにジョージア州に入っていました。この一年の時の流れの速さには、恐怖をすら感じるほどです。10月に帰国してから、もう半年近くも経っていることが信じられないほどに、呆けたまま時が過ぎてゆきます。
冬ごもりしていたわけではありません。いや、でも、やっぱり引きこもっていたりもしました。でも、ちょっとは、それなりに活動もしていました。ただ、いつもの怠け心が、義務感を嫌い、ぼくをブログ更新から遠ざけていたのです。
前回書いて以来、トリノオリンピックやWBCなどのスポーツや、深刻な政治経済、社会問題などが新聞、テレビをにぎわせてきました。本来、スポーツ観戦や社会、政治問題を分析することの好きなぼくです。こういった問題に関しては、じつはいつもだまっていられなく、書きたくてうずうずはしていました。が、それは、このブログの主旨からはずれるので、我慢をしていました。
今年は例年よりかなり早い桜便りです。ここ横浜でも、多くの桜がほぼ満開状態。冬の厳しい寒さ、豪雪の厳しさに耐え、人々は春を待ち望んでいます。蘇生、転生の季節。輪廻転生、永劫回帰の起点。人々の心を解放するその季節が、またやってきました。
ところが、とりわけ冬の、冬でしかできない遊びにとらわれ、非日常の風景を謳歌するぼくは、厳しい寒さにあっても、春を待つことを、ほとんどしません。毎年、春が近づき、気温があがり、雪が融けはじめてくると、心が沈んできます。凛とし、透徹とした空気感に、非日常の、無垢の銀世界に穢れが入ってくるような寂しさが募ります。
毎年、春が近づくと、最後のあがきのように、ぼくは冬にしがみつきます。そうして、存分に最後の雪を遊び呆けます。呆けて自らを納得させ、やっと気持を切り替えます。冬の心から春の心に、ギアーをチェンジするのです。そして、あの「早春譜」を口ずさみ、その詩のゆかしさに心融かせるのです。
今年もまた、いつものように、最後の冬の季節を、心ゆくまで楽しみました。
この3週間、週末になるたびに山に出かけました。先々々週は、なべくら高原でのスノーシュー。先々週は北八つでのテレマーク。先週は戸隠で雪洞遊び。
昨年10月6日のマウント・カタディン到達の日以来、ぼくの野外遊びの日のことごとくは、恐ろしいほどに、雲ひとつない快晴に恵まれています。この3週末も、みな同じでした。いつも、その前日は雪、または雨の荒天。その翌日も雪、または雨の荒天。どうしたわけか、その日だけは、必ず濃紺の突き抜けた空になるのです。
その、なごりの3連荘冬遊び写真をここに展開し、今年のぼくの、冬へのこだわりの心を解き放ち、うららかな春の遊びモードに心を入れ替えようと思います。
ただ、雪洞写真の大部分をRaw モードで撮ってしまい、それをブログ用に加工するソフトがないために、戸隠の冬のなごりの春待ち風景や肝心の雪洞をご紹介できないのが、とても残念です!

@なべくら高原

@なべくら高原

@なべくら高原

@なべくら高原
タイチクン、5メートル壁をジャンプ!@なべくら高原
なべさんも、ジャンプ!@なべくら高原

これこそが北八つ!

マイテレマーク@北八つ

雪上宴会@戸隠高原

