オリエンタルレッグスを追え

Sunrise coffee

この日まさに目指すTinker cliff山頂に朝日が昇った
前回アップしてから2週間ほどたったのだろうか。なかなかインターネット環境のいい場所がなく、ブログ更新もiBepal原稿も書けないでいた。
昨日、Dalevilleという、インターステート81号が走るヴァージニアの町に下りてきた。スプリンガーを4月3日に出発して2ヶ月弱。距離にして1140キロほど歩いたことになる。今、行程表を見てちょっと驚いたのだが、ヴァージニアに入ってからすでに400キロ以上歩いたことになる。ヴァージニア州は、アパラチアン・トレイルが通過する14の州のうち、最も長い距離で約850キロもある。その半分ほどを歩いたことになる。
と、さまざまな数字をあれこれ頭に描きながら歩いているのだが、思い方ひとつで、気持ちのありようもいろいろだ。
やっとヴァージニアに入ったとき、1000キロを越えたとき、その距離が全体の3分のⅠ近くになったと思ったとき、ヴァージニアも半分近くになったことを知ったとき、それまでの行程をたどってみて、やっとここまで来たかと感じるか、でも、まだ3分の2も残っているんだぞと、あるいは、まだまだ夏前だのに秋まで歩き続けるんだぞと、先の距離と時間の果てしなさを受け止めるか、これから先の長さの中でさらなる出会いと経験を楽しみとして捉えるかによって、そのときの気持ちが行ったりきたりする。
これほど長い距離ではなくとも、日本の山を縦走したときとか、厳しい山に挑んだときとか、だれにでも経験のあることだろう。そう言えば、受験勉強に取り組もうとしたときや、マラソンを走っているときや、大学生のとき、はじめての渡航だった半年にわたるニューギニア遠征のときなど、心の浮遊しがちなぼくは、いつもそんな状態だったっけ。
でも、今回言えることは、日々、そのときそのときの厳しさや辛さに苦渋しながらも、その過程をクリアーして振り返ってみたときの満足感、アパラチアン・トレイルという10数年来の思いを今こうして実現し、取り組んでいるのだという幸せ感、歩くという人間本来の原始的な移動手段によってこれだけのことができているのだという日々の達成感、そして、それをさせてもらっている自然と、ぼくを支えてくれている人々に対する感謝の気持ち、悦びの気持ち、畏怖の気持ちが、常にぼくのなかにある。だからこそ、こうして距離を伸ばしていける。
これだけの距離を歩けば、書きたいことは山ほどもある。ただ、あまりにもその山が大きすぎて、多すぎて、なにをどのように書いたらいいのか、難しい。帰国して、いずれ出す本のなかでは、その山ひとつひとつを表現する楽しみがある。

雷雨の直前、サンシャワーをバックに先を急ぐバックパッカー

McAfee knobで、落差600メートルのこの崖淵を約1キロ歩いた
この1000キロを越える距離の間に、ぼくを楽しませてくれているひとつの遊びテーマがある。タイトルは「Oriental Legsを追え」。
じつは今、アパラチアン・トレイルを歩いている日本人は、ぼくを含めて4人いる。これだけの日本人が歩く年ははじめてのことだ。ぼくが知っている限り、過去にアパラチアン・トレイルをスルーハイクした日本人は2人。あるいは情報がないだけで、もう少しいるのかもしれないが、いずれにせよ、その程度の数だった。それが、今年はどうしたことか、4人も歩いている。ひとりは先日お伝えした北海道からの清水さん。もうひとりは、山形からの斉藤さん。このふたりは確認済みだ。清水さんからは、昨日開いたぼくのemail address に連絡が入っていた。彼はぼくよりもすでに10日以上先を歩いている。ぼく自身、たとえば昨日までの3日間、平均30キロを越える距離を歩いたりはするものの、町で怠けて2泊してみたり(仕事でね)、ダマスカスのフェスティバルで長期休養をとってみたりしているため、ま、そのくらいの差はついているかなと、思ってはいた。きょう斉藤さんの新たな情報が入ってきた。おそらく、きょう午後、ここDalevilleに到着する。ダマスカスのフェスティバルの翌日にダマスカス入りしたということを聞いていたので、おそらく、もうすぐだろうと思っていた。このDalevilleでぼくは予定外の3泊(月曜日がこちらのメモリアルデーで、郵便局がお休み。なんと3連休なので、火曜日朝まで待たねばならないという間の悪さ)するので、ここで追い抜かれる。
そしてもうひとりが、Oriental Legs。彼の情報は、じつはぼくが歩き始めて4日めごろからさまざま入ってきていた。まず最初に聞いたのが、
「日本人で、トレイルネームをOriental Bagsという人が、2週間ほど先を歩いているよ」という情報だった。
その後、「日本人で、トレイルネームがOriental Legsという68歳のハイカーが2週間ほど先を歩いているぞ。彼はウイスコンシン州に30年以上も住んでいるんだそうだ」という情報。
そして、3つめの情報は、「メリーランド在住の日本人医師が歩いている」
4つめ。「Crazy Legsという年配の日本人がセクションハイクをしている」
というものだった。
なんと、トレイルネームだけでも3つ飛び込んできた。これが不思議さとぼくの好奇心とを誘った。この韓国人の医師というのは、ボルチモアに住んでいる韓国人ハイカー、アルバートのことだろう。
その後、さらに入った情報をまとめると、どうやら、トレイルネームはOriental Legsがy正しい。年齢は68歳。これも複数の人からの情報なので、正しいだろう。住所は、ウイスコンシンではなく、栃木県栃木市だ。これは3つの情報から。しかも、そのどれもが、そのOriental Legs が自筆で書いた住所だから、間違いないだろう。
ただし、出身は長野県木島平。これも本人が書いた情報。面白いのは彼が書いたメモを持っていたバックパッカーがぼくに言ったのは、彼は長崎県出身だということ。これは長野県の間違い。
本名はHaruo 土屋。ここまで、わかってきた。そして、いまだにわからないのが、彼がセクションハイクなのかスルーハイクなのか、ということ。年配の方なのだが、足が速いという情報と、ゆっくりと歩いているという情報。奥さんのサポートを受けて歩いている(これは年配のスルーハイカーによくある方法なのだが、車でパートナーが先回りをして食料調達をしたり、そのとき必要としない荷物を車で運んだりする)という情報と、いやそうではない、ひとりでこつこつとやっている、という情報。
長野県木島平出身という情報は、なんと、これまた不思議な縁なのだが、ぼくがかかわっているNPO信越トレイルクラブ宛に、彼から直接ハガキが届いたのだ。信越トレイルクラブも、突然の見ず知らずの人からのハガキにびっくり。実は一昨年11月。ぼくも含めた信越トレイルクラブのメンバー数人で、アパラチアン・トレイル南部の視察をしに来たのだ。その情報が彼のところに入ったのだろう。その本部が木島平のすぐそば、飯山市の森の家にあるので、土屋さんが律儀にもハガキを書いたのだろう。ただし、その文面を見る限り、その信越トレイルクラブに深くかかわっているぼくがいまアパラチアン・トレイルを歩いているということは、彼はご存知ないようだ。
清水さんがかなりのスピードで歩いているので、あるいは途中で追いつくかもしれないということを、ぼくは期待している。それによって、まだ残されている謎は、解ける。
これだけの情報、ぼくが追い求めたものは、ひとつもない。この1000キロ余りを歩いていくうちに、ぼくが日本人だと知って、あるいはライターだと知って、そういう情報を教えてくれるのだ。
「Oriental Legsを追え」の謎解きは、これからも続くだろう。なによりも面白いのは、3つのトレイルネームが入ってきて、そのどれもが、Oriental と Legsでつながっているということが、一人のトレイルネームに違いないと推測させたことだった。
土屋さん、ごめんなさい。こんな遊びをしています。プライバシーの侵害にならなければいいのですが・・・。
寒気の影響で、季節が動かないという話を前に書いたが、さすがに5月も末になって、ぼく自らのアップダウンによる季節の色変化だけではない、季節の推移がはっきりとしてきた。あの可憐だった初春の花々にとってかわり、標高が500メートル、600メートルの地点まで下がると、夏の花が咲き始め、トレイル脇は夏草が生い茂り、草いきれを感ずるようになってきた。喬木の新緑は標高1200メートルほどにまで上がり、低地の山はもううっそうとした夏色の深い森だ。
そして、ぼくが待ちに待ってきた花が咲き始めた。Rhododendron(石楠花)と、Mountain Laurel(山月桂樹)の花。まだ、トレイルを花のトンネルで覆うほどではないが、歩く苦痛からぼくを解放してくれている。特にぼくは、月桂樹の花が愛しい。どう表現したらいいのだろうか。開花直前のピンクの蕾のまるでコンペイ糖のような、砂糖菓子のような美味しそうな姿。一週間ほど前に、はじめてトレイルでこの姿を見つけたとき、思わず頬づりをしてしまったほどだ。今では、普通に見られるのだが、見るたびに声をかけて写真を撮ってしまう。そんな異常なぼくが撮った写真をごらんいただきたきたい。
そして、ぼくが待っていたのは、花だけではない。Sassafrasという名の潅木。いつまでたっても、待望のその葉を見ることができないでいたのが、この数日のうちに、標高600から800メートルの山中で、もうどこにでも見られるようになってきた。そして、その葉を見るたびに、思わず微笑んでしまう。そして、ときどき、「ごめんよ、ぼくは君が好きなんだよ」
と言いながら、葉の着いた枝をちょっと折って、口にくわえて歩く。
この葉っぱの形に、ぼくは深く引かれている。なんとも奇妙な、中途半端な形をしている葉っぱなのだ。前に書いたように、花の色、姿、その微妙なデザインもそうなのだが、葉っぱの形って、それぞれが当たり前のような形をしていても、やはり自然の完璧な姿をしているのだ。そのなかにあって、Sassafrasの葉っぱに限って、ほほえましいほどに奇妙な形をしていて、その奇妙さが可愛らしく、ほほえましいのだ。なんとなく愛嬌があり、哀しさも秘めている感じがしないかなぁ。
それに、このSassafrasというのは、いろいろと人間に貢献していてきた木でもあるのだ。ぼくが口にくわえて歩くというのは、そこに意味がある。つまり、枝にはほのかな香りがあり、しかも防虫、殺菌効果がある。だから、先住民族インディアンも、ヨーロッパからの移民たちも、この枝を爪楊枝にし、根っこをティーとして好んで飲んでいたのだ。今でも、この地方ではSassafras Teaは飲まれているし、飴の材料にもなっている。また、そのちょっと太い枝をこの地方独特の芸術的とも言っていい、こだわりの箒の柄として用いてもいる。そうしてみると、ぼくが住んでいた八ヶ岳の森に生えていて、春になると真っ先に黄色の花をつけるダンコウバイ(檀黄梅)と同じではないか。この枝の匂いといい効能といい、まさにSassafrasは日本のダンコウバイであり、有名なクロモジなのだ。
アパラチアンの春の花の写真コレクションは300を越えた。葉の写真コレクションも少しずつだが増えている。前回、数点公表した写真は、インターネット関係の影響か、すべてがにじんでアップされ、がっかりした。まだ、iBepalとPENTAXでアップした写真のほうが鮮明だ。実際は、そのアップ写真がもっともっと鮮明に美しく撮れているのだが、ブログでは期待できない。
夏も近づき、今の季節を代表し、ぼくを楽しませているRhododendron, Mountain Laurel, Sassafras をここではお見せすることにしよう。
それでは、
See you next time
PS
このブログを更新した1時間後、町のOutfitterに買い物に出かけてたら、なんとそこに斉藤さんがいた!!!
壊れたバックパックを新しいのに交換しにきたのだという。まさに予想どおり、このDalevilleで彼に会った。彼もかなりのスピードで歩いてきたようだ。が、アパラチアン・トレイルの歩きを心から堪能しているようだ。彼は、この町に滞在はせず、このまま山に入っていくというので、つい今まで、彼とPizzahutに入って、ランチをいっしょに食べながら、いろいろなお話や情報交換をした。彼のバックパックもそうとうに大きい。清水さんもそうだが(ぼくも)、日本人はみな小さいのに、バックパックはみな大きい。彼のバックパックは重すぎて耐え切れずに壊れたのだそうだ。
ぼくは、明日、スラックパッキングという方法で、3日間、逆方向に歩くので、明日か明後日、山のどこかで彼にまた会うだろう。そう彼に言って、別れた。スラックパッキングのことは、次のブログで書くことにする。
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Mountain Laurel(山月桂樹)。あまりにも可愛くて、何度もたちどまって微笑んでしまう

そのクローズアップ。蕾のおいしそうなこと
。歩く足元はこんな感じ.jpg)
こちらはRhododendron(石楠花)。歩く足元はこんな感じ

Sassafras。この中途半端な葉の形に親しみがわく

