200キロを超えました
4月8日 モーテルを7時起き。朝食を食べ、9時半、シャトルサービスでUnikoi Gapへ。11人という人数だったので、スーパー8のおばさんの車と2台。
10時、歩き始める。はじめはぐんぐん登りなのだが、調子がいい。休みなしでずんずんと登っていける。途中、長袖を脱ぐとき、リップクリームホルダーをなくすが、すぐに見つかる。モーテルに泊まっていたグループが心配してくれたが、見つかったとわかると、みんなたいへん喜んでくれた。驚いた、Bagle もブルースハープを持ってきている。途中、ふたりでセッション。そこにLittle Steps がきて、大喜び。Little John と彼女は今晩はTray Mtn Shelter に泊まる。いいペースで歩く。登りもいける。途中、雨が降ってきて、はじめてレインウェアーを着る。降ったりやんだり。Bagleが追いつき、しばらく一緒に休む。Ipodの話をすると、彼もソニーを持ってきていた。
最後のKelly Knob はそれでも苦しかった。休み休み登り、Deep Gapへ。ブルーブレイズの道をシェルターへ。
だれもいなかったが、その後、4人の若者が来た。ぼくひとりテント。あとはシェルター。夕刻、雷雨がやってきた。テントのたたく雨の音がすごい。遠くで轟いていたのが、突然
2度近くで落ちた。
Bagleが来るかと思ったが、来なかった。先に行ったのだろう。きょうは、知らない人ばかりなので、誰とも話さずに寝る。挨拶だけはした。

4月9日(土) きのうまでの雨もよいの天気と違い、朝日がまぶしかった。晴れ。
ふたりのバックパッカーと話す。ひとりはボストンからきているAndrew Sulliban もうひとりはSean Edmnndson。彼はノースカロライナからで友人と犬(シベリアンハスキー)と歩いている。友人はDanny Perkins。犬はToshi。
みなスルーハイキングを目指すが、かなりゆっくり歩いているので、果たして到達できるのか。この日、シェルターに泊まったもうひとりのソロハイカーはイングランドからというが、話はできなかった。
8時50分出発。
10時05分、Dicks Creek Gap。ちょうどBlueberry patchのオーナーがきていて、話す。
さらに、どこかのモーテルの親父からスプライトをご馳走になる。
Blueberryに5年ほど前、日本人が泊まったという。日本人は彼だけだという。おそらく、
メインの大学を卒業し、いつか池袋で会った、斉藤さんではないだろうか。
Blue Ridge Gap 13:00。その前のGapで会ったスルーハイカー, Easy?と話す。彼はNJからで60歳は超えているだろうか。実にゆっくりと歩くが、着実に距離を稼ぎ、けっきょくMuskratまで来た。きょう親しく話をしたのは、彼だけ。
Muskratには10人ほどが泊まっているが、ぼく自身がかなり疲れているということもあって、ほとんどはなしをしないまま、テントに入っている。彼らはみに親しそうに話をしているが、ぼくがこうして篭っているので、変わり者と思われているかも知れない。
きょうは、あまり調子がよくなかった。それでも、今までで一番距離を稼いだ。24.16km。
14時33分。Bly Gapでジョージアを越えてノースカロライナに入ってきた。125.12km歩いたとになる。Bly Gapからがきつかった。前回、雷雨のなか、Bly Gapでテントを張り、外でサラミをかじって夕食としたことを思い出した。あまりにもひどい雷雨を尾根上のテントで迎えたことが怖かった。翌日、強雨のなかをきつい登りを歩いた記憶があるが、今日ほど疲れた記憶はない。結構、楽だったように覚えている。きょうは、ほんとうにきつかった。足に力がなく、急な登りの連続で、ほとんど30メートルほど歩き、下を向き、バックパックを背中に乗せて休むという連続。
16時47分。Muskrat Shelter 着。疲労困憊。今の体力だと、20キロまではなんとかリズムをつかめて歩けるが、それを越えると、急速に体力、足の力が落ちるようだ。ただ、腿の攣り、足の痛みがほとんどなくなったのが、ありがたい。
いま、ジョンデンバーを聞きながらこれを書いているが、ipodはとてもユースフルでありがたい。

4月11日(月)at Siler Bald Gap
きょうは一日、気持ちのいい歩きだった。石楠花とローレルのトンネルの木漏れ日がきれいだったし、落葉樹の森のトラバースもよかった。余裕を持って歩け、途中、路傍の花の写真もたくさん撮った。トレイルエンジェルには感動した。コーラとドライライスのビーンズ添えを手製のサルサで食べた。おいしくて、おかわりした。
途中会ったふたりのソロハイカーのおばちゃんたちもよかった。ヴァージニアからのキャロラインは、同じサイトでテントを張ったが、この日、はじめて会話した。孫がいるのよ、といっていた。
トレイルエンジェルの話によると、2週間前、oriental legs という日本人が来たという。スルーハイクを目指し、ウイスコンシンのマジソンに住んでいるらしい。もう58年も住み、68歳だという。先日聞いた、その日本人かもしれない。
きょう、サユリさんからの情報だと、やはり斉藤さんという人もアパラチアン・トレイルを歩くらしい。清水さん10日から歩きはじめているはずなので、今年はどうやら4人の日本人が歩いていることになる。すごい。それぞれの情報がほしいものだ。
きょうは、きのうよりもさらに距離を稼ぎ、15.9マイル歩いたことになる。25.44キロだ。
ここのシェルターは半マイルわき道を歩いたところにあった。他に4人いた。ぼくだけ、またはずれたところにテントを張る。付き合いの悪い奴と思われているだろう。
4月12日(火)at Wesser Bald Shelter camp 外は雨
Siler Bald shelter camp を7時起き、8時20出発。起きたときはどんよりとした曇り空。
暗くなりはじめたころ(20時)すさまじい雷雨。テントを張っているときに降らなくて良かった。
あるきはじめて30分ほどで、ぽつぽつと降り始める。Siler shelter はラウンドしていて、どちらから歩いても半マイル。下った谷にあるため、もどりは思いっきり登りだった。Siler Bald で完全に道を間違え、10分ほど山を登ってしまった。そのころから雨。
9時15分、久しぶりにキジウチ。
11:40Wayah Bald 着。Observation tower で昼食中のクリス(ケンタッキー)に会い、挨拶。ベイグルにジャムをぬって食べていたのが、おいしそうだった。14:20大雨のなか、Cold Spring shelterにもぐりこむ。クリスももぐりこむ。先着4人がいた。ふたりは、雨のなか、出発していった。ふたりは3日間のショートハイクでデイパックひとつ、毛布に包まっている。ぼくのバックパックが大きいことにみな驚いている。クリスにせよ、スルーハイクをする人のバックパックは小さい。その上、運動靴で歩く人が多いのには驚く。
途中、Bodachious というアーカンソーからの男が来る。彼はなんと昨年4月PCTで清水さんに会ったという。彼のトレイルネームはビアーだそうだ。おととい彼もスプリンガーを出発したと言うと、驚いていた。
雨がこやみになったので、出発。天気は徐々に明るくなり、晴れ間まで見える。ラッキー。
しかし、最後のWesser Bald への登りがきつく、ぜいぜい言いながら、なんとか到達。そのタワーで昨年、Bodachious はテントを張り、夕焼け、朝焼けのすごいのを見たという。どうだと聞かれたが、今回は天気が怪しいのでやめることにする。やめてよかった。その晩、雷雨がきた。
きょうは今回の距離の記録達成。17.9mile。28.64km。
そして13日。予定通りWesser へ。すでに200キロ歩いたことになる。

